迷いの森。
そこはうっそうと生い茂った木々が、互いに領地を取り合うように根を伸ばし、
また日光を取り合うように枝を伸ばしている。
そのせいで、光のほとんどが木々に持っていかれ、森の中はいつも暗く、どことなく湿った空気が漂っていた。
その森の中を、1人の少女が歩いている。
黒髪、黒いワンピース。森の闇に溶け込むような姿をした少女だった。
少女は生い茂った木の根に足を取られないように、身長に進んでいた。

「この辺りにあると聞いたんだが・・・・」
少女はそう呟いて、立ち止まり、周りを見渡した。
木々、そしてまた木々。
大きく溜め息をついて、少女がその場に座り込む。
「どこにあるんだ。妖精の国は・・・・・。」

彼女の名前はアテナ・ユリウス。今はもうあまり見ない魔女の種族である。

「まったく、フレイムのとこの情報屋は本当にあてにならんな。 断片的な情報だけで金を取るとは・・・・。」
そう言いながら、アテナは上を見上げる。
枝から伸びる葉が、光を遮り、深い緑の影となって落ちてきている。
アテナはしばらく、その影を見ていた。

その時である。
「・・・っ!」
アテナは頭を抱えて、うつむいた。
いきなり、頭に稲妻のような痛みが走ったのだ。
「な、何だ・・・。この声は?」
アテナの頭に響いているのは、声だった。しかも歌い声だ。
耳を押さえようにも、その声は頭の中に直接響いていた。

アテナは頭をおさえながら立ち上がると、声のする方向へ早足で進んだ。
声の発信地は、そう遠くないはずである。
しばらく、見慣れた木々の光景が続いたが、声が最も大きく聞こえる場所は、急に光が差し込んでいる。
見れば、枯れて折れた一本の木が、その光の中央にある。
命尽きても残った根が、他の木々の侵入を妨げ、ここだけ光があるのだろう。

その枯れた木のすぐ上に、声の主はいた。

声の主は、この森に似つかわしくないピンクの頭で、透き通った羽根を生やした妖精であった。
その妖精が気持ち良さそうに歌うたびに、その声がアテナの頭痛をひどくするのだ。
「っおい!そこの小さいの!その超音波を今すぐやめい!」
いきなりの大声に驚いて、妖精はぴょんっと飛び上がった。
そしてアテナの方を見ると、口を曲げて言った。
「失礼ね!妖精界のアイドル、このマリオン・マリナスの歌声をタダで聞きながら、そんな暴言を吐くなんて!」
マリオンと名乗った妖精はそう言いながら、アテナのすぐ側まで飛んでくる。
近くに来ると、より一層、そのピンクの髪色が濃く感じられる。

「アイドルだか、なんだか知らんが、迷惑だ!だいたい、アイドルなら何故観客が1人もいない!」
「今はコンサート中じゃないもの!練習中よ!だから人のいない所で歌ってたんじゃない!」
アテナとマリオンは数秒にらみ合う。
先に目線を逸らしたのは、アテナだった。
「とにかく、お前の歌のせいで頭が痛くなる。やめてくれ。」
それだけ言い放つと、アテナはマリオンから顔をそむけた。
マリオンはワザとらしく頬を膨らませた。
「ふん!君、私に嫉妬してるのね!だから、そんな風につっかかるんだ!」
「誰が嫉妬などするか!」
不本意な言葉にアテナは反論する。

しかしマリオンはそのまま続けた。
「じゃあ、何でこの森にいるの!?この森は、迷ったらなかなか抜け出せない『迷いの森』よ!
ここで、私が歌ってることを聞いて、わざわざ馬鹿にしに着たんでしょ!」
「そんなわけなかろうが!」
アテナがイラついた調子で応える。
それから大きな声できっぱりと言った。
「私はこの森に妖精の国への入り口があると聞いて、やってきたまでだ!
 お前の歌など、聞くきなど毛頭なかったわ!」

そこまで言うと、アテナは肩を大きく揺らして息をした。
マリオンは、何故か反発するのをやめ、それからアテナをじっと見ながら言った。
「妖精の国に・・・・行きたいの?」
「そうだ。」
宛名は短く応える。
「何するの?妖精の国に言って。」
マリオンにとっては、純粋な好奇心からきた質問だった。
「・・・・・別に関係ないだろう。」
その時のアテナの声は判別しにくい声だった。
低くて、突き放すような言い方。
怒っているのか、悲しんでいるのか、それとももっと別の感情か。

「関係なくないよ。理由によっては、連れてってあげようと思ったのに。」
マリオンの言葉に、アテナは反応を示した。
「ただ、理由を教えてくれなきゃ教えなーい。」
いたずらっぽくマリオンは舌を出して言う。
アテナはそんなマリオンの様子を見て苦笑すると、静かに言った。
「竜を・・・竜を探しておるのだ。妖精の国を治める女王エルリィは世界の全てを見る力があると聞いてな。
彼女なら、竜の居場所が分かっているのではないかと思ったんだ。」

「エルリィ様、教えてくれないよ。」
マリオンがそう言って、アテナの目の前で羽ばたく。
「私、同じこと聞いたもん。でも、応えてくれなかった。」
「お前が私と同じ事を・・・?」

マリオンは頷いた。
「竜って願い事を叶えてくれるらしいじゃない。だから私、もっとビッグになりたいなぁって思って・・・。
妖精界に留まっているだけじゃいけないと思うの、私。世界のアイドルになるべきだわ」
マリオンは夢見るようにアテナの周り飛び回った。
それから少し高い位置で止まる。
「だから反則だと思ったけど、エルリィ様に聞いたの。でも教えてくれなかった。
きっと秘密な事なのね。だから誰も竜が消えたのか知らないんだろうね。」
アテナはその話を聞くと、その場に疲れたように座り込んでしまった。
いや、精神的に疲れていたのは事実だろう。

「そうか・・・」




「ね、何で竜を探してるの?君も願いを叶えてもらいたいの?」
マリオンはアテナの顔の側まで寄って来る。
「何で・・・?・・・いっておくが、そんな大層な理由ではないぞ。」
「何?」
マリオンがもう一度聞くと、アテナが困ったような顔をする。
「それは・・・・面白そうだからに決まっておろう!」
拍子抜けしてマリオンが、がくっとする。
アテナの方は少し顔を赤らめながら、自分の言葉に恥じていた。

「ウッソだー。面白そうだからって、迷いの森に入ってまで竜を探すかなぁ?」
「お前とは違うんだ。」
アテナはそう言って、そっぽを向く。
まだ顔が赤い。
「ねー何で、本当のこと言わないのー?」
ただ、すぐにマリオンがアテナの目線の先に移動してくる。
「変なの。君、すごく変だよ。」
「うるさい。叩き落すぞ。」
アテナがマリオンを叩く真似をする。
マリオンは叩かれては大変、と距離をとった。
その様子を見て、アテナは少しの間、考え事をした。
そして考えながら、マリオンに言った。
「お前は・・・・どうして、そんな望みをすぐに他人に言えるのだ?」

そんな望み、世界のアイドルになること。

「そんなって何よ!重要だもん!」
マリオンは怒ったようにアテナの周りを飛び回る。
「私、本当にアイドルになりたいもん!理由なんていいのよ、問題はどれだけ本気かでしょ?」
ぴたっとアテナの目の前で止まって、マリオンは一際大きな声で言う。
「私は本気なんだから!」

その言葉に、アテナは笑ってしまった。
笑われたマリオンは「失礼ね!」と叫んだ。
アテナは笑いをこらえながら言う。
「いや・・・悪いな。そうか、本気か。」
本気ならば、その願いは私の願いとさして変わらぬ価値だろう。

「・・・・・竜に・・・その・・知り合いがいるんだ。それで、そいつを探している。」
アテナが言うと、マリオンが聞いた。
「その人、恋人?」
「な!何を言っておるか!知り合いだと言ったばかりではないか!」
アテナがあたふたし始める。
その様子を見て、今度はマリオンが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「当りだー!」
「違う!断じて違う!」
「そうか。恋人を見つけたいのね。いいじゃん、全然オッケーだよ。」
何がオッケーなのか、とアテナは思った。
反論しようとも思ったが、これ以上話すと、墓穴を掘る結果になりそうだった。
アテナは小さく溜め息をついて上を見上げる。
青い空が見えた。

「私も本気だ・・・・。あいつに逢うためなら何でもする。虚無とやらと手を組んでもいい。 どんな罪を犯そうと、必ず・・・」
呟くようにアテナは言った。
それを聞いていたマリオンは少し考えてから、何かを思いついたという口ぶりでマリオンの目の前で飛ぶ。
「ねぇ、君、私と一緒に旅をしようよ!」
「は?」
突然の提案に、間髪入れずアテナが聞き返す。
マリオンは楽しそうに飛び回りながら応えた。
「目的は違うけど、私と君は本気だ!本気で竜を探してる!2人で探そうよ!その方が、きっと早く見つかる!」
アテナが深く溜め息をつく。
そして抑揚のない声で言った。
「何を言ってるんだ、お前は・・・」
「何よ!何でもするって言ったじゃん!」
「そういう意味では・・・」
アテナの反論はまったく意味をなさなかった。
「いいの!決めた!君が嫌がろうと、私はついていくからね!」

マリオンがアテナに向かい合う位置に移動する。
「君、名前は?」
「・・・・本当についてくるのか?」
「いいから!名前!」
「アテナ・ユリウスだ。」
名前を聞いたマリオンはニッコリと笑った。



―――Sky of Dragon Concert

 さあ、共に果てまで歩こう。